みんなの寅さん 復刻コラム ACT6男はつらいよ 純情篇(その2)

【ACT6 故郷ってやつは・・・】(2012年5月11日執筆)

寅「全くだ。おじさんの言う通りだよ、帰るところがあると思うからいけねえんだよ、失敗すりゃまた故郷に帰りゃいいと思ってるからよ、俺ゃいつまでたったって一人前になれねえもんな、おじさん」
千造「故郷はどこかな」
寅「故郷かい? 故郷は東京は葛飾の柴又よ」
千造「ほう・・・親御さんはおるのかね」
寅「うん、もう死んだ・・・でもなあ親代わりにおいちゃんおばちゃんがいるんだ、それに妹がひとりいるよ、おじさんの娘と同じくらいな年頃だよ」
千造「幸せかな、妹さんは」
寅「ああ、子供がいるよ、その亭主ってのがね、俺みてえな遊び人とはまるで違うんだ。真面目の上に糞の字がくっつくぐれえの奴なんだよ、印刷工場の職工をやってるよ」

第6作『男はつらいよ 純情篇』(1971年1月15日公開)より

 放浪者と定住者の「ホームドラマ」としてスタートしたテレビドラマ「男はつらいよ」が映画化されて一年半。斜陽と言われて久しい映画界において、山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズは、公開されるたびに記録的な大ヒットを記録。ちょっとした喜劇映画ブームが映画界を席巻していた。松竹では、瀬川昌治監督、フランキー堺さん主演の「喜劇 旅行シリーズ」、野村芳太郎監督、ハナ肇さん主演の「為五郎シリーズ」、渡邊祐介監督の「ドリフ映画」といった喜劇シリーズを連作。さらに、前田陽一監督や森崎東監督のパワフルでエネルギッシュな重喜劇が、スクリーンを賑わせていました。

 この『純情篇』公開に併せて発売されたキネマ旬報増刊の「渥美清と山田洋次」特集号には、1971年の松竹の喜劇映画のラインナップがズラリと並んでいます。それを見ると「男はつらいよ」ブームがいかに凄かったかが、よくわかります。シリーズ最後の作品のつもりで、山田洋次監督が精魂込めて作り上げた第5作『望郷篇』(1970年8月26日公開)の大ヒット、『家族』(1970年10月24日公開)の高い評価のなか、満を持して公開された第6作『純情篇』は、人気喜劇シリーズの新作ということだけでなく、待望の山田洋次監督作品として、公開前から大きな期待が寄せられていました。

 松竹マークに続いて、寅さんの「ふるさとは遠くにありて思うもの、とか申します。葛飾は柴又を飛び出してより、もう二昔と半、どうせ気ままな旅がらす渡世と粋がってはおりますものの、わびしい独り旅の夜汽車の中のうたたねに、ふと夢に見るのはふるさとのこと」のモノローグから映画がはじまります。この夜汽車で、寅さんは、赤ん坊を連れた「行きずりの旅の女の面影に、故郷に残した妹の面影」を見て、「故郷」に思いを馳せます。

 タイトルバックは、ヘリコプターによる空撮で、昭和46(1971)年初頭の柴又が上空から活写されています。江戸川から帝釈天参道にかけての映像からは、この40年の変わってしまったもの、変わらないものが、ありありと感じられます。この作品のテーマが「故郷」であることが、続く劇中のテレビ番組「ふるさとの川-江戸川-」から、明確となります。タイトル明け、モノクロ画面で、柴又の風物がNHKの「新日本紀行」よろしく、ドキュメンタリー番組のなかで紹介されます。御前様、さくら、おいちゃん、おばちゃんが登場。第3作『フーテンの寅』のラストで、寅さんが「ゆく年くる年」に出て来る場面がありました。シリーズではしばしば寅さんがテレビ番組に出演、この後も茶の間の家族をビックリさせることとなりますが、車一家のテレビ出演はこれが最初で最後です。余談ですが、そういえばタコ社長が、第37作『柴又より愛をこめて』で娘・あけみが失踪したときに、TBSのワイドショー「モーニングEYE」に出演したこともあります。

 この「ふるさとの川-江戸川-」を、茶の間で一家が見ているとき、寅さんは山口県の小さな食堂のテレビで、偶然、この番組を見て、とらやに電話をします。旅先で「故郷を想う寅さん」。シリーズ全作に通底するテーマでありますが、『純情篇』では、それがより色濃く描かれています。そして寅さんは、長崎の大波止の船着き場で、赤ん坊を背負って呆然としている絹代(宮本信子)に優しく話をかけ、宿賃を持たぬ彼女の面倒をみます。

 父親の反対を押し切って、駆け落ち同然で結婚したものの、亭主は今で言うDV夫で、赤ん坊のミルク代まで巻き上げて行ってしまうようなヒドい男だと、涙ながらに身の上話をする絹代。寅さんはいささか困った顔をしていますが、優しく話を聞いてあげます。寅さんの親切に、ほっとしたのか、息せき切ったように話をする絹代の姿に、彼女が過ごしてきた修羅の日々が見えてきます。やがて絹代は気まずそうに、子供の横で服を脱ぎはじめて「金ば借りて、何もお礼ができんし、子供が起きるば、電気は消してください」。この時の寅さんの表情について、山田洋次監督はシナリオで"哀れみとも、憤りともつかぬ、やりきれぬものがこみ上げて来る"と書いています。

寅「俺の故郷にな、ちょうどあんたと同じ年頃の妹がいるんだよ。もし、もしもだよ、その妹がゆきずりの旅の男にたかだが二千円ぐれえの宿賃でよ、その男がもし妹の身体をなんとかしてえなんて気持ちを起こしたとしたら、俺はその男を殺すよ」

 厳しい言葉です。寅さんは目の前の絹代に、故郷に残して来たさくらの姿を見ているのです。妹を想う兄の気持ちです。これは、この後、ラスト近く柴又駅での兄を想う妹の気持ちと呼応して『純情篇』のハイライトとなっています。

 そして、寅さんは絹代に付き添うかたちで、彼女の故郷、五島列島の玉之浦に向かい、絹代の父・中村千造(森繁久彌)と会うこととなります。森繁久彌さんといえば、昭和25(1950)年、『腰抜け二刀流』(新東宝)で主演デビューを果たし、数々のアチャラカ喜劇の滑稽な演技を経て、『夫婦善哉』(55年東宝)で演じたダメ男が高い評価を受け、東宝のドル箱となった「社長シリーズ」「駅前シリーズ」など、看板シリーズで、戦後を代表する"映画の喜劇人"となります。

 渥美清さんがまだ"これから"という時代、昭和35(1960)年に、森繁さんが自ら製作にあたった『地の崖に生きるもの』に、端役ですが漁師の役で出演。そのときに、スターである森繁さんに「キヨシ、弁当食ったか」と優しく声をかけて貰ったことに感激したというエピソードもあります。渥美さんが尊敬する三人の喜劇人は、三木のり平さん、藤山寛美さん、そして森繁久彌さんだったと、山田洋次監督から、先日お伺いしましたが、その尊敬する森繁さんを「男はつらいよ」のゲストに招いた時の渥美清さんの感激は、想像するしかありませんが、冒頭に引用した、二人の天才俳優の芝居場は、シリーズの中でも白眉の一つです。

 娘・絹代を思う、父・千造の気持ちに触れた寅さん。家族のことに思いを馳せます。やがて、寅さんは千造に、いつしか故郷に残してきた家族のことを、アリアで滔々と語ります。話せば話すほど「故郷」が懐かしく、帰りたい「望郷の念」にかられる寅さん。しかし自分を戒めるように「俺ゃもう二度と帰らねえよ、いつでも帰れるところがあると思うからいけねえんだ、うん」と独り言を言います。寅さんの頭の中は、柴又のことだけ。寅さんの背中を押すのは、港から聞こえてきた最終の渡し船の汽笛でした。

 こうして寅さんは柴又へ再び帰ります。家族にとっては折悪しく、寅さんにとっては幸運なことに、おばちゃんの遠縁にあたる、別居中の美しい人妻・明石夕子(若尾文子)がとらやに下宿していたために起こる騒動は、初期のシリーズの定石でもあり、賑やかな展開となります。例によって、寅さんの失恋というかたちで、物語は大団円を迎えます。失意の寅さんの旅立ちのとき、柴又駅に見送りに来た、さくらとの"あにいもうとの別れ"は、最高の名場面となりました。ホームに電車が着いて、寅さんが乗り込みます。

さくら「あのね、お兄ちゃん、辛いことがあったらいつでも帰っておいでね」
寅「そのことだけどよ、そんな考えだから、俺はいつまでも一人前に・・・故郷って奴はよ」
さくら「うん?」
寅「故郷って奴はよ・・・」

 ドアが締まり、そこから先は、さくらにも観客にも聞こえません。寅さんは、さくらのマフラーを締めてもらい、何か言おうとして、それがかき消されてしまいます。こうして寅さんは旅の人となりますが、ぼくら観客は、この『純情篇』で描かれた、寅さんのさくらへの想い、さくらの寅さんへの想いを、頭のなかでめぐらせ、「男はつらいよ」の世界を、さらに深く味わうことが出来るのです。

佐藤利明(構成作家・娯楽映画研究家)




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